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随想録
臨床泌尿器科編集後記Vol.70.No.13, 2016
第81回日本泌尿器科学会東部総会(弘前大学 大山力会長)において、杏林大学医学部外科の杉山政則教授の教育講演「若手―中堅医師のための論文作成の基本技術:なぜ書くのか?どうやって書くのか?」の座長を仰せつかりました。杉山先生によると、“「忙しいから」「英作文が得意でないから」と言い訳をして40歳までは全く論文を書かなかったが、その後研究や論文執筆の楽しさを初めて知り、80篇以上の論文を筆頭著者として発表した”とのことです。ただただその熱意に感服するばかりでした。“なぜ書くのか”に対する結論は、“臨床医の条件としてArt-Science-Humanityが必須であり、研究・論文作成を通じて科学的思考・姿勢を身につけることはacademic surgeonとなるためには重要である。”とのことです。ちなみに昨年の第103回日本泌尿器科学会総会の若手企画で、本誌編集委員の大家基嗣先生が、“いくら優れた研究をしても、論文を書かないことには研究を完結させたとは言えない”とご発言され、私自身も全く同じ思いでした。
研究をすること・論文を書くことの目的は、学位を取得するため、最新の科学を享受するため、考え方・議論の仕方を学ぶためなど様々です。しかし最も重要なことは、わからないことを考え追及する癖を作ることだと思います。臨床には未解決の課題や不確定要素が多く、臨床力を身につけるためには、創造力を養うことはとても重要なことだと考えます。
一方昨今の医療情勢からなのか、多施設で行う大規模無作為化臨床試験(RCT)が評価される時代になりました。そういった研究がimpact factorの高い雑誌に掲載され、学会賞の受賞対象にもなりつつあります。RCTは、医療の曖昧さを埋め合わせるためには極めて重要な研究であることを否定するつもりは毛頭ありません。ただこれらの研究が、必ずしも医師としての創造力を駆り立てるものとは思えません。個々の研究室で小さいながらもコツコツと行った独創的な研究こそが、若い先生にとって最も美しく価値あるものではないかと思うからです。
さて杉山先生の凄さは、教授になってからも筆頭著者として論文を書き続けていることです。ご講演後「教授になってからも論文を書かないとだめですか?」と質問しました。杉山先生のお答えはここで紹介するまでもありません。まだまだ私も臨床医としては未熟で、創造力を養う努力が足りないようです。